gogaku

時間をかける事

2023.09.04 #News

センチメンタルな事を書くつもりはない。これは人生を楽しむ為の事実やと思ったって話。

 

特に勉強した訳じゃないけど、写真を撮るのは好きで、出来るだけカメラ撮影する事を心掛けていたんやけど、今年に入った頃からある友人(当時は未だ友人でもなかった)が撮ってる写真の影響で、フィルムカメラの撮影に興味を持ちこの夏からフィルムカメラを始めている。(フィルムカメラが楽しいって話は次回以降に書きます)

 

最近感じる、自分が歳取ったせいかもしれへんけど、10年は1年に感じる位早く過ぎ去り、1年は1ケ月の如く過ぎ去り、1ケ月は1週間、1週間は1日、1日は一瞬で過ぎ去る。情報も組み立てもプロセスも答えも全て速く、又更に速さを求める。そんな社会が生み出そうとしているのは、合理的でハイスペックな人間。外付けのハードディスクを持ち歩き、プログラム通りに物事を遂行する優秀な労働者に思える。言い方を変えれば、情緒と色気が無く人情や優しさは死語となり自分で物を考え表現出来ない兵隊の量産。という言い方にも置き換えれる。少し話がそれましたが、そんなスピード化された社会の流れに勿論私も飲み込まれてはいるんやけど、フィルムカメラを趣味で始めて1つの事に気付いた。

 

選択肢は1つじゃないという事。

デジタルカメラやスマホの進化があり画像はもうタダで撮りまくれる現代に至る間も、フィルムカメラはその規模を縮めながら静かに粘り強く存在し続けていたんや。

自分が始めてみて、技術や知識は勿論、タイムラグやもどかしさや色気等は「体験」以外から学べる事は出来ないと言い切れる。検索やAIでは説明出来ない事や。

何故なら、現代の価値観の多くとは懸け離れ、逆流している価値観でありそれは「時間をかける」という美意識だからや。説明や照会で済む話やないっちゅうこっちゃ。

 

「速く進む」も「時間をかけるも」またそれ以外にもちゃんと選択肢は残っているしそこには価値があると思う。みんなは何を選びますか?

 

私は根気よくとことん時間をかける事に拘れる人になりたいと思う。