毒
camera:Leitz Minolta cl lens:Rokkor 40mm film:Kodak Collarplus400
店内写真。ガラス越しの撮影は自分も映るのを開き直って対策せずに撮るのが好きです。
おじさんぶりたい訳じゃいのですが、来年50歳ってのは充分おじさんで、それはもう抗いようのない事実で日々受け入れている現実です。一見ネガティブに聞こえたかも知れませんがそうではなく身体や精神面での変化を楽しんでいます。ただ初めての50歳なので正直戸惑っていると言った方が正しいのかな?と思います。そして先人たちも今僕が思い感じている様にきっと戸惑ったのだろうと思うと後25年もすれば今20代の人達も同じように戸惑うんだろうと思う。それが人間の一生の過程なのだと。
目が見えにくくなるとか身体が痛いとか代謝が悪い等よく言われるやつは当然の如く訪れます。デフォです。それはもうここで書かないです。僕の様に一般常識にうとい人間でもさすがに50歳になるころには社会の仕組みや構造や現実が見えてくる。つまり無駄が無くなるという事です。自分の生き方を自分で決める事になるのですがこれは20代でもします。しかしその行動に現実味が出てくるというか伴って来るんですよ歳を取るとね。その分責任も伴うけど長い社会生活で態勢は着いているので自然に行動できるのです。
最近僕にとっての“毒”に対して少々敏感になっている。やはり諸悪の根源はスマホなのかな?と思うくらい僕の身体はスマホ又はタブレットと相性が悪いことに気が付かされている。このデバイスの類とは付き合いは長くスマホもタブレットも日本に上陸した”初代”から使っているし、30歳くらいからTVモニターを家に置かずPCやタブレットで補っている生活をしてきたので嫌いじゃないしむしろ好きです。(タブレット4台、スマホ1台、PC2台稼働してます)
それ自体の問題ではなく50歳の僕の身体とデバイスの相性が良くなくなっている。それは物理的な問題ではなく、情報処理能力の問題だと僕は思っていて仕事で使ったりおもちゃとしてデバイスを使うのは全く問題ないけど、情報収集又はそのつもりではないにしろ何等かの情報が入って来てしまう使い方、つまりSNSなどのコミュニケーションツールを使ううちに必要のない情報まで入るので脳のハードディスクが追い付いてないという状況になっている。記憶装置にまで悪影響で物忘れが激しくなっている。そう体感している。
その結果僕の場合は入眠に少し障害がでるみたいです。寝る前の数時間でYouTubeとか見ると如実に現れます。
恐らく入れた情報や自分から出て来た考えや言葉はあまり脳内に保存しない方が良いのかも。クラウドに保存する感覚でどこかに吐き出しといたほうが良い。その点で朝一でこのようにblogを書いているのは良い事だと思う。常に容量を空けている状態を保つのが良いのかも知れません。
”必要だから使う”のと”使ってしまってる”のは全然違う行為。後者は全く人生において必要無い行動である。デバイスに使われている状態にあるという事です。
20年前仮想現実が世の中の中心になるという都市伝説があったけど、本当にそうなったとお思う。僕はそこには参加しないし良いように使ってやろうと思っている。
みんなはどう?もう仮想現実の住人になっちゃった?