gogaku

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2026.10.19 #News

camera:Leitz Minolta cl  lens:Rokkor 40mm film:Kodak Collarplus400

熊本空港の滑走路の写真。色合いが好きな一枚。

 

さて昨日の続きです。

あこや亭六甲店があったのは神戸市灘区六甲で僕が中学卒業まで育った地元でした。それもあってなんかやりやすいし本当に平和な毎日で仕事も楽しかった。三ノ宮店のような小型店舗ではなく中型規模の二階建て店舗なので厨房には僕を入れて職人が6人ホールスタッフもアルバイトの女の子が沢山いました。大学生活を経験していない僕からすれば、なんか青春的な雰囲気です。(同級生はこの年に大学生になり僕は夜間高校の4年生になった)

そんな中一人この時期から一緒に働き始めた先輩で山本さんという僕の10歳年上のカッコイイお兄さんがいました。思えばこの人との出会いは今の僕を作る大きなポイントだったと思います。ちょっと仕事の話からはそれるんですがこの山本さんの事を僕はアニキと呼んでいたのですが、この人とにかくカッコイイ。男の中の男なんですよ。そしてなによりお洒落だった。服に金賭けている人で色々教わった。この店で一番最初に出勤して出汁をひくのが僕の役割、その後出勤するのが山本アニキでした。つまり私服を見る事になるのですがアニキはアメカジの人でいつもカッコイイウェスタンシャツとかUS AIR FORCEのフライトジャケット着ていて僕が興味を持って色々質問し出してました。その頃僕なりに拘ったファッションをしていたのですが、特にスタイルを気にせず着たい物を着ていた。今思えばあべこべな恰好である。この時にアメカジを覚えた僕は服に金を掛け始めたのを覚えています。アニキの真似してフライトジャケット買ったりウエスタンブーツとかシャツとかも買いました。「お洒落楽しい!」ってなったのです。あとアニキから学んだのは映画です。この頃僕は既に映画好きではあったのですがアニキからは昔の名作とかファッションで参考にしているハリウッドスターの事を教えてもらった。マックイーンやポールニューマン等の名優からその頃若手だったブラッドピットやトム・クルーズやジョニーデップ等のファッションを参考にしてましたね~。毎朝アニキと15分位缶コーヒー飲みながらそんな話をするのが楽しかった。昼休みに駐車場でアニキとエアガンで打ち合いしたりw仕事終わりに酒飲んだり、今も思えば幸福の毎日でしたね。

そんな中プチ事件が。ホールスタッフのAさん(アルバイトの女子)がある日シフトの時間に来ない日があって連絡も取れない状況に。結局その日は来なくて連絡も無し。翌日またシフトの時間に来なかったので同僚のアルバイトの女子が電話すると出たらしく来ない理由として「ヨシダ君が私の悪口を言っている。死ねと言っている」と。一応言っとくと誓って僕はそんな事言ってないし言う理由がない。そんなにその子の事に注目もしていないのが本音です。

僕は六甲店では控え目に言っても人気者でした。こういう事自分で言うのは変だけど、完全に人気者でムードメーカーです。かといって調子に乗っていた訳でもなく本当に楽しく毎日過ごしていたのに急に当て逃げの様な自体に巻き込まれた。そして怖いのが他のいつも仲良くしている女子の一人が「けどヨシダは言うてるで」って言いだした。言っていないのにだ。言っていない事は本人の僕が一番分かっているのにその僕に向かって「言ってるで」って言われた。これは怖い、意味が分からん。

この騒動は間もなく一撃で鎮火されます。それを聴いた店長(三ノ宮時代からずっと可愛がってくれている恩師)が「ヨシダはそんな事言う奴じゃない。気に食わないなら辞めてくれ」と言ってくれたのです。無条件で信じてくれる人が居ました。僕は嬉しかった本当に。

間もなくそのAさんと後に援護射撃してきた子は二人とも辞めました。今思えばあの二人は何がしたかったのだろう?僕の事が嫌いだったのかも知れませんね。

そして18歳になった頃定時制高校卒業のタイミングで僕は社会に対する好奇心には抗えずこの最高に幸せな毎日を手放す決断をするのです。僕が退職する時に盛大に開かれた送別会に何故か面識のない本社社長が来た。これも全く今でも意味わからんのですがとにかく辞める僕に会いに来た。暖かく送り出してくれたみんなに感謝しつつ、その時は若かったので寂しさも感じなかったし先の希望が膨らんでいたので大手を振って「バイバイ~」って感じでした。

僕が辞めて10年位であこや亭全店廃業したみたいですが、思えば一番楽しい時期をあこや亭で過ごせたと思います。なんにせよその後今迄続く僕の社会人生活の1歩目がこのあこや亭だったのは僕の人生において重要な出来事だったのだと認識しています。

この続きはまた気が向いたら振り返りたいと思います。